不適合情報
2022年6月13日
- 同意取得
- 重大
- 医学系指針準拠の研究
#221402 同意取得に関して発生した不適合事例(同意未取得・文書同意未取得(再同意含む))
概要
1.事案の概要等
(1)研究課題・研究内容
1)研究課題名
ナビゲーション手術に関する観察研究
2)研究内容
九州大学病院で手術ナビゲーション機器を利用した歯科のインプラント手術(ナビゲーション手術)を受けた患者のCT/MRI 等の画像データと診療情報を収集し、将来の手術ナビゲーション機器の改良点を図る研究に資することを目的とする。
(2)事案の概要
平成28年7月5日から令和3年3月31日まで行われていた「ナビゲーション手術に関する観察研究」(以下「当該研究」という。)の実施に当たり、研究同意の取得方法に関して、後ろ向き研究においては、事前に情報公開を行い、研究対象者等が拒否する権利を保障する手法(オプトアウト)とし、前向き研究においては文書での同意取得とすることとして、本学の医系地区部局臨床研究倫理審査委員会(当時)において承認された。
しかしながら、当該研究の一部の前向き研究において、文書ではなく口頭での同意取得と誤認して研究を実施していたことが判明したことから、当該研究全体について同意取得の状況を調査したところ、口頭同意での取得と誤認した症例だけでなく、口頭での同意取得についても確認できない症例もあったことが判明した。
このことから、研究対象者への健康被害はないことが後日確認されたものの、必要なインフォームド・コンセントの手続きを行わずに研究を実施した場合に該当することから、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(以下、「倫理指針」という。)との不適合の程度が重大な事案であると判断したものである。
2.事案が発生した経緯
・令和3年7月19日
当該研究の研究分担者Aは当該研究の一部の前向き研究として、ナビゲーション機器の誤差や術者のスキルによる誤差を確認する目的で、術前CT上に理想的なインプラント位置を想定し、術中赤外線によるナビゲーション情報を参考に歯科インプラント手術を行い、術前の想定位置と術後の実際のインプラント埋入位置の相違を測定した。その研究成果として発表した研究論文(令和3年7月17日に学術雑誌へ掲載)について、研究の協力者である学術研究員より、研究責任者へ、以下のとおり相談があった。
「当該研究の計画書には、ナビゲーション手術に関する研究対象者に対し、当該研究への参加について前向き10症例、後ろ向き10症例程度の文書同意取得を要する旨が記載されているところ、研究論文を見る限りすべて前向き研究と思われることと、計画書による目標症例数を大きく上回っていること、かつ、文書同意取得がなされていない可能性があり、確認の必要がある。」
・令和3年8月20日
当該研究責任者より、病院事務部(研究不正相談・申立窓口)へ、当該研究に係る同意取得状況の確認が必要であるとの相談があった。
・令和3年9月24日
病院事務部にて当該研究に係る同意取得状況を確認したところ、一部文書による同意の取得が確認できなかったため、病院事務部から研究責任者へ、倫理指針の不適合事案に該当する可能性があることを説明するとともに、病院ARO次世代医療センター臨床研究推進部門長へ報告を行った。
・令和3年9月28日
ARO次世代医療センター副センター長より、不適合事案の調査及び改善措置等を審議することを任務とする九州大学病院臨床研究管理委員会(以下「臨床研究管理委員会」という。)の委員長である病院長へその旨を報告し、今後の対応として九州大学病院臨床研究管理委員会規程第6条に基づき、臨時に臨床研究管理委員会を開催し、事実確認を行うとともに必要な措置を検討することとなった。
3.事案が発生した要因
研究分担者Aは、九州大学病院における臨床研究認定制度実施規程に定める新規認定講習を受講し臨床研究実施認定を受けていたものの倫理指針の理解が不十分であった。
なおかつ、当該研究への参画についても、当時の研究責任者から打診があり、その際、研究内容の説明を受けたが、自身による研究計画書の内容の確認を怠たり、理解、把握が不十分のまま研究を実施した。
また、研究責任者においても、研究途中で責任者を交代したという事情もあるが、当該研究全体の把握、管理等が不十分であった。
さらには、臨床研究実施体制に関して、機関の長である病院長においても倫理審査委員会等での臨床研究実施承認後の定期報告内容への改善指示等の管理監督が不十分であった。
対応状況
4.事案が発生したことへの対応
令和3年10月5日 臨床研究管理委員会を開催
・観察研究の実施の適否等について審査等することを任務とする九州大学医系地区部局観察研究倫理審査委員会(現)(以下「倫理審査委員会」という。)に対して、関係者への同意取得状況を含む当該研究実施内容等調査依頼を行った。
・歯科担当副病院長に対して、当該研究の研究対象者の健康面への影響について、学外の歯科専門家へ確認を行うよう指示があった。
令和3年10月11日 倫理審査委員会を開催
・当該研究に係る関係者へのヒアリングを行い、その結果、研究分担者Aは研究計画書及び倫理指針の内容を正確に把握しておらず、その結果、研究計画に対する理解が不十分であり、また、必要な同意取得の手続を行わずに研究を実施した可能性がある旨の報告があり、審査の結果、「不適合の程度が重大」である可能性が大きいものと思料され、詳細確認が必要と判断された。
令和3年10月20日 臨床研究管理委員会を開催
・令和3年10月11日開催の倫理審査委員会の審査結果について、同委員長より次のとおり報告があった。
①「不適合の程度が重大」である可能性が大きいものと判断される。
②歯科担当副病院長より、当該研究の研究対象者の手術ナビゲーション機器の使用による健康面への影響について、学外の歯科専門家へ、研究対象者の術前、術後のX線写真等の関係資料をもとに健康被害の有無等の確認依頼を行ったところ、研究対象者への健康被害等はないと判断する、という回答を得た旨の報告があった。
上記報告を受け、臨床研究管理委員会委員長より以下の指示を行った。
①倫理審査委員会委員長に対して、当該研究全体の同意取得状況調査の実施。
②病院ARO次世代医療センター臨床研究推進部門長に対して、実効性のある再発防止策の策定。
なお、研究対象者への本事案の連絡については、上記記載のとおり、学外の歯科専門家により研究対象者への健康被害はないと判断されるものの、本事案の公表をもって行う予定である。
また、同意を得られていない研究対象者の試料は存在せず、情報については診療情報の一部であるため破棄していない。
令和3年11月24日 臨床研究管理委員会を開催
・歯科担当副病院長より、11 月15 日付けで当該研究に関わる研究論文が撤回された旨の報告があった。
・204 例(前向き)登録症例を行った3 つの診療科にそれぞれ所属する研究分担者の同意取得状況の調査を行った結果、研究分担者Aによる39 例(前向き)登録症例のみが、文書による同意を取得しておらず、かつ研究対象者39 例全員に研究分担者Aが口頭同意を得たと主張しているものの、そのことがカルテからも確認することができなかった。
・委員長より、病院ARO 次世代医療センター臨床研究推進部門長に対して指示があった再発防止策(案)について、意見交換のうえ、次回の臨床研究管理委員会にて修正案を示すこととなった。
令和3 年12 月15 日 臨床研究管理委員会を開催
・歯科担当副病院長より、当該研究の不適合事案に関わった者への措置について以下のとおりとする旨の報告があった。
当該研究において不適合事案に該当する研究分担者Aに対して所属長である病院長から、また、研究論文執筆に関わった6 名に対しては所属部局長である歯学研究院長から、九州大学病院の構成員並びに臨床研究を行う者として、より一層の自覚を有するよう厳重注意を行う。加えて研究分担者A、ならびに研究論文責任著者については、1 年間にわたって臨床研究の停止処分を科した後に研究倫理に関する徹底した再教育を実施することについて、病院および研究院執行部において決定した。
・ARO臨床研究推進部門長より、再発防止策(案)について説明し、臨床研究管理委員会の承認を得た。
令和3年12月22日~27日 九州大学特定臨床研究監査委員会(書面回議)を開催
・調査報告書及び再発防止策について委員による評価を実施し、審議の結果、本事案発生後、適切に対応しているとのことから、以下のとおり評価し、今後、再発防止策等を講じることとした。
評価結果:適切に行われている。
①不適合事案の確認体制:機能している。
②不適合事案に対する対応について:適切に対応されている。
③是正措置:特になし
令和4年2月9日
・病院長から、本学の関係諸規則に基づき、本事案における当該研究計画の研究責任者に対して、口頭による厳重注意を行った。
令和4年2月24日
・所属部局長から、研究分担者Aに対して、書面による厳重注意を行った。
・各所属部局長から、不適合事案となった研究成果に基づく研究論文のすべての著者に対し、書面による厳重注意を行った。
・研究分担者A、ならびに研究論文責任著者に対しては、各所属部局長により1年間の臨床研究の停止処分を科した後に研究倫理に関する徹底した再教育を実施する旨を書面にて通達した。
是正措置
5.再発防止策
再発防止策について、臨床研究管理委員会において審議を行い、臨床研究を実施する本学大学病院においては以下の事項を行うこととした。
(1)臨床研究に関する教育の充実・強化
①これまで臨床研究に参加するすべての研究者等を対象として実施している年間4回開催する「臨床研究認定講習」の受講に加え、更に、臨床研究を実施する全研究者を対象にした法令等(「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」)に関する追加研修を新たに実施する。更新講習として更新予定者全員を対象とし対面もしくはオンライン形式にて開催し、また参加できなかった研究者には、オンデマンドで受講できるよう、本件公表後、速やかに5 月までに受講完了必須としている。
②令和3 年12 月14 日トライアルマネージャー(臨床研究管理医師)会議において、臨床研究計画・実施の留意点等について再確認を行った。
③臨床研究認定、更新の運用厳格化を行う。年に1 回(PI(上級)は2 回)の認定講習受講のみではなく、別途テストに合格した上で更新とする。更新されなかった場合、救済をせず新たな認定取得を義務化する。(復職者を含む)
(2)臨床研究に関する体制の見直し
①診療科ごとの臨床研究に関する科長のガバナンス強化を行う。
倫理審査委員会申請に際し科長の署名入り承諾書を新たに義務付ける。
各診療科に配置したトライアルマネージャー(臨床研究管理医師)による臨床研究監視体制を強化する。
②倫理審査委員会で承認した臨床研究を国内外の学術誌等に発表する場合、投稿先や発表概要をIRB 承認番号と共にIRB への報告を義務付ける。
③医学研究院長および倫理審査委員会委員長による研究者に研究内容等の確認を行う年1 回の点検対象診療科、対象課題を増やす。
④定期報告の時期を観察・介入研究で統一し、症例登録状況、IC 状況等の報告が不十分な研究については改善を促し、一定の猶予期間中に改善が見られない場合は当該研究の許可を取り消す(関係規定改正予定)。
(3)審査体制強化(観察・介入ともに)
①研究者の資質審査を厳格にする。(上記(1)③関連)
②専門知識を持った倫理審査委員会事務局員の増員・強化を行う。例えばCertified IRB professional、GCP パスポート相当などの資格を持った者。
③必要に応じて観察←→介入倫理審査委員会の研究審査受渡しを積極的に行う。
(4)臨床研究を監理する部門を新たに設置し、学内の臨床研究の適正実施と品質の確保を行う。
(5)適宜、関係規定等の見直しを行う。
6.総括
九州大学病院は、臨床研究中核病院として、日本発の革新的医薬品・医療機器等の開発を推進するため、国際水準の臨床研究等の中心的役割を担う病院として医療法上に位置付けられている病院である。より質の高い最先端の臨床研究を推進していく上で、今回の事例を、重大な指針違反として深刻に受け止め、このような事態が再び発生することのないよう、教職員の意識を高め、再発防止策を確実に行い、臨床研究の推進のみならず、臨床研究の適正実施のための管理・監督体制を強化します。